バルダー果樹園は、「人を生きやすくする為に、人が作ったもの」を、道具と定義する。
バルダー果樹園のワインは、バルダー果樹園が作る「最強の道具」でなければならない。

バルダー果樹園は、人という存在を、
「複雑で、あいまいで、個人的なもの」と定義する。

人が自分の人生を体感する時、その経験はその人の頭の中に「ほこり」のように溜まっていく。
そんな「ほこり」を、より合わせ編まれたものが、人の精神なのだと思う。
そんな人の精神に触ろうとして、人は人と言葉を交わし、また頭の中に「ほこり」を貯める。
「ほこり」は、「複雑で、あいまいで、個人的な」形をしている。

例えば、人が道具を使って自分の人生を生きやすくするように、
バルダー果樹園の顧客が、バルダー果樹園のワインを飲んで、感動した場面があるとする。
その感動は、バルダー果樹園に人が感動した訳ではなく、
バルダー果樹園のワインが、人を感動させた訳でもない。

人は、ただ個人的に勝手に、感動するのだと思う。
膨大な「ほこり」から編まれた精神が勝手に感動し、更なる「ほこり」を作っているだけだ。
それでも、人が感動しやすい道具というものはあり、
それ相応にたくさんの「感動の材料」が詰まっている道具である事が多い。
「感動の材料」は「ほこり」のように、「複雑で、あいまいで、個人的な」形をしていると思う。

人に「触る」事が、人に「障る」結果になる事もある。
それでも、頭の中に溜まっただけの「ほこり」を、いつか「誇り」と呼べる日が来る場合もある。
だからこそバルダー果樹園のワインには、
「複雑で、あいまいで、個人的な」ものを、とにかくたくさん詰め込みたい。
どんな人でも、自分を誇りつつ、人に障る事を恐れながらも、人に触りたいと思える生き方をして欲しい。
そうしてバルダー果樹園のワインが、どんな人でも生きやすくできるような「最強の道具」になってほしい。


バルダー果樹園の顧客が、バルダー果樹園のワインを飲む時、
飲んだ後のワインが嚥下され、体内で体温で熱された後、
体の内側を通って、喉から上がってくる香りがある。
これを、「食べた時喉から上がる香り」と定義する。

この「食べた時喉から上がる香り」が、
「複雑で、あいまいで、個人的なもの」である事は、
人が食事という体験に感動する上で、最も重要な要因であると思う。

だからバルダー果樹園は、果樹農家として、
皮や種まで香りが完成された果実を作る。
そうする事で、まるで果実の個人的な人生の軌跡が勝手に想起されるような、
果実の持つ「複雑で、あいまいで、個人的な」香りを、最大化する。
そんな最高の香りを持つ果実の事を、「最高の果実」と呼ぶ事にする。

ワインとは、果実の価値の入れ物なんだと思う。
バルダー果樹園にとって、醸造とは、
「最高の果実」の持つ、最強に人を生きやすくするような道具的価値を、
極力損なわずに、ワインという形の入れ物に入れる作業の事を指す。
バルダー果樹園にとってワインは、農産物である。

バルダー果樹園は、バルダー果樹園のワインが持つ「感動の材料」である、
「複雑で、あいまいで、個人的な」「食べた時喉から上がる香り」を、
バルダー果樹園のワインの品質と定義し、
その品質の量に比例した基本価格を、各ワインに設定して販売する。

その収入により、バルダー果樹園は継続して毎年ワインを作り続け、
さらに最強に人を生きやすくできるような道具を、作り続けていく。